みなさま。

本日は折からの祝日で、ご多忙中のところ、
わたしの父、吉田弥を見送るこの会にご参集いただきまして、
ほんとうにありがとうございます。

始まりは、昨年の3月26日の朝のことでした。
東京で暮らすわたしのもとに、母からもたらさせた知らせは
「父のお腹がパンパンにはれあがって、
いま地元の病院に来ている。これから救急車で郡山の病院に
搬送します」というものでした。

あわてて新幹線に飛び乗ったわたしでしたが、
幸い、炎症を起こした大腸を切除するという、
6時間にもおよぶ緊急手術は無事に成功。
このとき、丁寧な手術で、病巣をきれいに取りさってくださった
お医者さまには、いまも感謝の気持ちでいっぱいです。

ただ、このとき、腹筋の一部も切除することになったために、
父は車椅子を使うことを余儀なくされました。
庭いじりの好きだった父ですので、
さぞかし落ち込むのではないかと、たいへん心配しましたが
退院を待ちかねて、父が最初にしたことは、
白内障の手術でした。
この手術で、メガネを掛けずに本を読めるようになると、
父は、朝から晩まで、本を読む生活に飛び込んでいきました。
長年、定期購読していたスポーツ新聞さえ
「時間がもったいないから」と言って、きっぱりやめたのです。

緊急手術から1年8ヶ月。
わたしが父に頼まれてアマゾンに注文した本の数だけでも
50冊を越えます。
ここに、妹や、友人の先生方が差し入れてくださった分が
加わるのですから、いったいどのくらいの数の本を
読み上げたことでしょう。

興味の内容は従来の文学や、ルソーやペスタロッチなどの教育論ばかりではなく、
いままでさけてきた、マックス・ウェーバーなどの社会学や、
ニーチェやフーコーなどを初めとする近現代の哲学などにも、
興味の矛先を、たいへん広げておりました。

それと同時に、いろいろな集まりから声をかけていただく講演会や、
かつて生徒であったみなさんから声をかけていただくお話の会などの機会を、
たいへん前向きにとらえておりました。
会合の日程が決まると、わたしたちから見ると「情熱的」としか
形容のできない熱心さで
原稿の下準備に余念がありませんでした。

先月の「国語研究会」での講演が最後の機会となりましたが、
参加者がとても熱心で、2時間の話をうまくまとめることができたと
たいへんよろこんでおりました。
父に知的な発奮の機会を与えてくださったみなさま、
ほんとうにありがとうございました。

そのような様子で、この1年8ヶ月を
病院のお世話になることなく、
自宅でたいへん前向きに過ごしておりましたが、
ひと月ほど前から、ことりと食欲がふるわなくなり、
ベッドで過ごす時間が増えるようになりました。

そうは言っても、元気だったのです。
なくなる前日も「まだ読んでない本があるから元気ださなくちゃ」
「今道先生の哲学の本がまだだし、そうだ!大仏次郎の小説も読まないと」
などと、口にしました。
夕飯の時には、大好きなビールを、「ビールだな~。苦いな~」などといいながら、
ゴクンと一口、おいしそうに飲み干しました。

ただ、なくなった21日は、少し様子が違っていたかもしれません。
物思わしげな様子の父に、母が
「なにを考えているんですか。哲学ですか」と声をかけると
「いや。こういうときには、哲学は役にたたないねぇ」と答えました。
わたしにはお昼頃「じぶんで、その日が今日だっていうことがわかるんだね」
と言いました。

でも、元気だったのです。
わたしと妹は、いつものように「なにいってるの。お父さん、また来週ね」などと
口々に父と挨拶をかわして、夕方の、上りの新幹線に乗ったのです。

その直後、「ああ、十五夜の月だね」と口にした父は、
窓の外に月を認め、みずから目を閉じると、胸の前に手を組み合わせて、
母に見守られて、すうっと、眠るようにいってしまったそうです。
夜の6時38分のことです。
わたしたちは、まだ東京に帰りついていませんでした。

面白い癖の、たくさんある人間でした。
なかでも、公言してはばからなかった性質のひとつは、
「高所恐怖症」でした。
この点に関しては、かたくなで、県庁の9階の会議室に上がるために
勇気を振り絞っていると話していました。
もちろん、飛行機に乗ったことは一度もありません。
四国での会議には、電車と船を乗り継いで、丸一日掛けて出かけていきました。

あんなにも、高いところを怖がっていた父が、
ぶじに、高い、高い、天国まで、昇っていくことができるのでしょうか
わたしは、心配でたまりません。

別室に、ささやかな、通夜の膳をご用意いたしました。
父の話をしていただけましたら、幸いです。

また、告別式は、明日、この会場で、1時半からの開式を予定しています。
平日ではありますが、ご都合のつくみなさま、どうぞご参集くださいませ。

でも「先生方、授業をサボってはいけませんよ」
と、きっと父なら言うことでしょう(笑)。

ですから、明日は、「授業のある先生以外のみなさん」は、
どうぞいらしてください(笑)。

本日は、どうもありがとうございました。

2010/11/23 yuri spoke@須賀川斎場

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