葉桜の季節になると、Tくんを思い出す。グリーンとピンクの色合いが、思い出スイッチを押すようだ。
Tくんは、わたしが新卒で勤めた広告会社に途中入社してきた男の子。職種はデザイナー。奇抜な服の色が、皆の度肝を抜いた。
たとえば、上は明るい緑色のYシャツ。下はフラミンゴもさぞやと思わせるピンク色のバギーパンツ。首には紫色の蝶ネクタイ…。
下手をしたらピエロにでもなりそうな配色を、毎日じぶん流にキメてくる着こなしがファンキーだった。
個性的なデザインをするんじゃないかな? と思ったわたしは、一緒に新聞広告のコンペに参加しようと彼を誘った。作品づくりは、休日、新婚のTくんのアパートで。だが意外にも、そのデザインは、極めてオーソドックスなものだった。
「あたりまえのデザインじゃ、賞はとれないよ」
「まとまりすぎてるよ。イラスト、思いっきり大きくならない?」
と、迫ってしまうわたし。だが、Tくんは、パーマのかかった前髪をプルプル横に振るばかり。
割って入ったのは、同業だった新婚の奥さんだった。彼女は「T、やってみようよ」というと、ザクザクとイラストをハサミで切り、コピー機で2倍に拡大して、バランス悪く、置き直した。
作品は評価され、数カ月後、3人で華やかな帝国ホテルの受賞式に出席した。
その後、Tくんは大手の出版社に転職。「あいつ、ダークスーツなんか着てたぜ」という噂を聞いた。
当時は奇抜にしか見えなかったTくんのコーディネート。あれは、移りゆく季節のはざまの、美しくも短い自己主張だったのかもしれない。
とはいえ、オキテ破りな色合わせが、連日の残業でネズミ色に疲弊していたチームに、笑いを運んできたことは確かだった。
=2019年4月26日掲載=