その日は少し、ドキドキしていた。翌日の撮影に備えて、前夜に京都入りしたものの、いつものホテルが満室で、生まれて初めて、カプセルホテルに宿泊することになったのである。
カプセルホテルといえば、終電に乗り遅れたオジサンが、ほうほうの体で逃げ込む寝床のイメージ。
だが、この「新感覚」カプセルホテルは、おしゃれで清潔な店構えである。
まるで空港のようなチェックイン・カウンターで手渡されたのは、カードホルダーと耳栓。女性専用フロアーに入るまでに、2度もセキュリティ・ゲートをタッチさせるという厳重さ。
部屋に鍵はなく、入口はアコーディオンカーテン。2畳間ほどのスペースに、セミダブルベッドとサイドテーブルが置かれ、ベッドの下が鍵付きのセーフティ・ボックスになっている。
早速ベッドに寝転んでみると、ソニーの大型テレビが天井から、見やすい角度で吊り下げられている。くつろげそうじゃないか!
わたしは混雑する前にと、早速シャワールームへ向かった。すると1人用バスタブもある。しかも優雅なジェットバス付きだ。戻り掛けにフロントを覗くと、多種多様な国籍らしき旅行客の、チェックイン待ちの行列ができている。
さて翌朝目覚めると、女性フロアー全部が満室になっていた。どうやら耳栓もヘッドホーンも使わぬ内に、爆睡してしまったらしい。
鴨長明は、その随想「方丈記」のなかで、一丈四方の庵での生活を「ヤドカリは小さい貝殻を好む。これは、身の程を知っているからである」と書いている。
身の程を知ってか、知らずか…。壁一枚を隔てて、どこの国の人が泊まっているのかさえ気に掛けず、眠りに眠った一夜だった。
さては京都のマジックか?その眠りは、奇妙に静謐(ひつ)で、穏やかな充足感に満ちていた。
=2017年2月7日掲載=