最近、人の顔が覚えられずに困っている。
混乱するのは、はじめて会った時にマスクだった人。インプットした顔が曖昧で、印象が描きかけのデッサンみたいになっている。
そのせいで、先週名刺交換をしていた得意先の人に、またまたうっかり名刺を差し出すなど、ドジなミスを繰り広げている。
そこでとうとうわたしは、「一部分が隠された顔を、認識するのは不可能である」という結論に至った。
考えてみれば「表情筋」という言葉があるくらいだ。人の表情を作っているのは、目元はもちろん、頬や口元の筋肉などの総合力である。
顔の一部がマスクで隠されていたら、覚えられないのは当然よね! と、開き直ったわけである。
そして、その時ふいに、昔ハマった少女マンガの一シーンが、脳内にフラッシュバックされた。
時は、18世紀。場所は、パリ、オペラ座。華やかな「仮面舞踏会」が開かれていたのは「ベルサイユのばら」第1巻。当時まだ18歳だったマリー・アントワネットと、後に恋人になるフェルゼンは、この夜の「仮面舞踏会」で出会った。顔の一部が隠れていたからこそ、謎や憶測が増幅されたケースであろう。
と、懐かしさで思わず熱く語ってしまったが、はからずも現在、マスクが皆の仮面のようになっている。
人々がこぞって顔を半分隠すなんて、考えてみれば、異次元の体験である、不謹慎かもしれないが、今は毎日が、21世紀の「仮面舞踏会」なのかもしれない。
近い未来に、あれ、この写真いつだっけ? マスクしてるから2020年よ、などという思い出話が、きっと、そこここで交わされるようになるのだろう。
口元が蒸れて息苦しい、何ともミステリアスな夏の記憶と共に……。
=2020年7月10日掲載=