日本橋のデパートで打合せを終えて通りへ出ると、日が西に傾いていた。居残りの後の小学生のような気分である。道草がしたいなぁ。買い喰いもいいけど。
トボトボと歩いていると、まがまがしい引力を感じた。見ると、頭に鹿の角を生やした等身大の「せんとくん」が立っている。そこは奈良県のアンテナショップ「まほろば館」の入口で、ちょうど柿の試食販売が行われているところだった。
「柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺。の柿は、この柿です!」というパンチのある言葉が飛んできて、勧められるまま口に入れる。モグモグモグ……。
弾みが付いて、店の中に入っていくと、今度は「柿の生産日本一、五條市の柿はこちら!」と声が飛ぶ。どうやら、同じ県の中で、お客を取り合っているらしい。どれどれと、こちらの柿も食べてみる。両方とも料亭で食後に出てくるような柿だ。滑らかで歯ごたえがある。だが、わたしの舌は、何だか不満げ。おいしいけれど、なぜか気分は上がらない。ああ、そうか!
大通りへ飛び出すと、今度は逆方向へ。室町3丁目の交差点を越えて目指したのは、福島県のアンテナショップ「ミデッテ」である。
この店は、通りに面しているが、入口が少し奥まっていて、間口が狭い。ズルズルと引き込まれたら最後、日本酒の試飲でヘベレケになるという、アリ地獄的な間取りになっている。(いやいや、今日は柿の話である。)
中に入ると、すぐ脇に、お目当ての「会津身不知(みしらず)柿」が、整然と並べられていた。よかった。あった! これで、さっき感じたモヤモヤは消えてなくなる。
家に帰って、買ってきた身知らず柿の皮をむく。口に入れると、想像と寸分違わない、まろやかで、とろけるような味がした。
人の記憶をつかさどる最大の器官は、舌なのかもしれない。
仕事の疲れなんて、何のその。幼き日より極上だと舌が覚え込んできた秋のご褒美が、まさにこれ!
=2019年11月22日掲載=