一昨年くらいだったか。電車の中で、耳に「数㎝の長さにぶつ切りにした、うどんの切れ端のようなもの」を突っ込んでいる人を、見掛けるようになったのは。
むろん、本物のうどんではない。アップルが開発したコードなしイヤホン「エアポッド」のことである。
若い人の間では、カッコイイと思われていたかもしれない。でも、いくら神妙な顔で音楽を聞いていても、耳からうどんの先がニョキッと出ている姿は、あまりにもコミカルで、わたしはいつも、心の中でせせら笑っていた。
ところが、先日、仕事の打ち上げのビンゴ大会で、何とその「うどん」が当たってしまった。ヤバっ。
ひとまず持ち帰って、充電はした。だが、耳に突っ込んで外に出る勇気なんて、あるわけもない。
と、そんなある日のこと、知り合いが朝6時半からのラジオに出演するという。ライブで聞きたかったので、やむなく耳にうどんを入れて、朝ランに出発。
だが、走り始めたら、想像以上にいい感じ!コードがないので腕を振っても邪魔にならず、耳の一部のよう。まさに、目からウロコ、耳からうどん。
周りから若く見えるかもと思うと、気分もあがる。
しかし、帰宅後いつものように、ランニングアプリを確認していると、地図に表示されている走行ルートに、全く記憶がない。「え、こんな道、走ったっけ?」
その上、いつも挨拶する太極拳(けん)おじさんや、柴犬ハナちゃんの飼い主と、すれ違った記憶も、一切ない。なんだこれ。幽体離脱か?記憶喪失か?
どうやら、快適なイヤホンが一種のバリアになって、周りがまるで見えなくなっていた模様である。
とはいえ、20代のような、晴れやかな気分で走れたことも事実。
こうして、また一人、この地上に、うどん星人が誕生したのである。
=2019年6月14日掲載=