知人が横浜で結婚式を挙げると聞いてから、わたしはソワソワその日を待っていた。
横浜の街は、理由もなく憧れを誘う。そのせいか、当日は2時間も早く着いてしまい、時間つぶしの本屋を探すハメになった。
まず駅前のデパートへ。聞くと書籍売り場はないと言う。外へ出ると、通りの反対に複合ビルが見える。あそこなら?と、横断用の地下道へ下りて行った。
と、驚いたことに、階段の下がまさにお目当ての、そして期待をはるかに超えた、ビッグでワイドな巨大書店だったのである。壁には「有隣堂横浜駅西口コミック王国、10万冊のコミック!」とある。
地下通路を両側から挟むようにして、天井まで詰まった陳列棚に大量のコミック。行く手の棚は遠近法で小さくかすんで見えさえする。
ここって魔界のトンネル? 漫画はしばらく読んでいなかったが、いきなりのワンダーランドの出現についつい興奮してしまう。
と、頭は烏帽子、女官の装束の若者が表紙に描かれた1冊が目に留まった。さっそく第一巻を買って近くのドーナツ屋で読み始める。筋立ては、平安時代の「とりかえばや」物語を原作にした、男女の双子が性を逆転して起きる、波瀾万丈ストーリーだった。
結婚式が終わるや、いそいそと6巻までを大人買いし、電車に飛び乗る。と、隣の中年男性も夢中で漫画雑誌を読んでいるのに気がついた。覗くと「少年マガジン」である。他にも一心不乱に漫画を読んでいるのは、中高年の男性ばかり。反対に、同じ車両の、学生や20代の人は全員、スマホを見ている。(もちろん、電子コミックを読んでいる可能性もあるのだが…)
あれれ? 漫画は、いつから大人専用なの? その時、初めて気がついた。車内で漫画本を読む世代がいつのまにか、くるりと様変わり。大人と子供を「とりかえばや」していたことを。
=2015年5月19日掲載=