先週日曜日の早朝、惰眠をむさぼる耳に、携帯メールの着信音が急を告げた。
差出人は友人のTで、H113××と、暗号みたいな文字列が並んでいる。
「走り始めて2ヵ月で、東京マラソン当たっちゃった。どうしよう?」と話すTを「頑張れ!応援するから」と励ました昨年末のでき事を思い出して、悪い予感がした。
この暗号は、おそらくゼッケン番号だ。この番号をスマートフォンに入力すると、現在地がリアルに検索できる。ヤバい!明らかに彼女は沿道の応援を要求している。
観念したわたしは目をこすって身支度を整えると、家族を起こさないようにそっと自宅のドアを開けた。
わたしはマラソン観戦マニアだが、東京マラソンは初見。何度かビルの会議室の窓から見下ろした程度である。
真剣勝負は、やる側は苦しいだろうが、見る側は楽しい。東京マラソンのようなイベントは、その逆に違いないと思い込んでいた。
だが、初めてコースに出て、カラフルで愉快なコスプレランナーたちに遭遇すると、ぐんぐん気分が上がり始めた。
どのランナーからも、いじってOK!のサインがはっきり出ているので、躊躇しないで声掛けができる。
早回しのようなキャラクターの行列に、ふなっしー頑張れ~!富士山しっかり!キリスト行け~!と、いつしかわたしも、我を忘れて黄色い声を上げていた。
今日だけは、誰からも拒絶されない。他人に関与する事を許されているという安心感。コスプレは、目立ちたがり屋の自己満足などではなく、意外にも、沿道に立つ人々への「走るおもてなし精神」なのだった。
そんなことを考えている間に、位置検索サービスがアクセスの集中で途切れ、Tちゃんの現在地を見失ってしまった。
=2014年3月4日掲載=