突然ですが、わたしの手のひらにはシワがない。
手の甲は年相応。指はバレーボールの突き指で曲がってしまった。だが、手のひらだけは、つきたてのお餅みたいにツルッとしている。
辛うじて、生命線と頭脳線と感情線はくっきり。でも、つなぎの細いシワが見当たらない。人に見せると、「手相3本しかないの?」と、笑われる。
マンガみたいな手のひらなのだ。
さて先週のこと。原宿のスタジオで撮影に立ち会う仕事があった。その帰り道、夜7時くらい? お腹はすいていなかったが、冷たいジントニックを飲みたい気分が、止まらなくなった。
そこで珍しく、前に一度だれかと行ったことのある、外苑前のバーに立ち寄ることにした。
少し歩き、地下に通じる階段を降りていく。そう、そう。ここ、ここ。古いドアを押すと、シャカシャカとシェーカーを振る音が聞こえてきた。
カウンターの空席にすべりこんで、お目あての一杯をのどに流し込むと、その日はじめて、ほっとした。
こちらがくつろぐ気配を察したのだろう。しばらくすると、隣にいた女性が話しかけてきた。「手相を見てあげる」と言う。
きちんとした服、イヤな感じではなかったので、片手を開いて差し出す。手を両手で支えて「仕事はどんな?」と聞いてくる。まるで本物の占い師のようである。
「えーと。文章を書いたり……」「ふーん。それにしては、手相に屈託がないなぁ」
「……」「悩みとか迷いとか、何もないわね。文章、向いてないかもね?」
バーテンが、首をかしげてこちらを見た。そんなことをいいながら、すでに女性は支払いをすませていた。靴をカタンといわせて立ち上がると、サッとドアを出て行く。「ちょっと、ちょっと!」と引き止めたいわたしのほうなんか、目もくれず……。
屈託がないって? あーあ。今年も春から、前途多難である。
=2020年1月24日掲載=