昔、会社員だった頃、福島の人が中途入社したと聞いたわたしは、速攻、彼の部署まで飛んで行った。
「ねえ、福島出身なの?わたしもー」と声を掛けると、「いいえ、僕は会津です」という答えが返って来た。笑顔で話をつないだが、本当は、少し傷ついていた。
その時、会津の人は、自らのアイデンティティーを、福島ではなく、会津に置いているんだなと知った。
母方の祖父は会津の出だが、わたしにとって、住んだ事のない会津は、長い間、一目置きつつも、距離を感じる場所だったのである。
さて、10日ほど前、仕事で新宿西口広場を通ると、生民謡の会津磐梯山が聞こえてきた。見ると「会津の恵みを堪能してくなんしょ」と書かれたコーナーに、みるみる人が吸い込まれて行く。
後につづくと、あわまんじゅう、りんご、みしらず柿、秋野菜、キノコ、新米、地酒、ジャム…。隣りの神奈川県の出店がかすんで見えるほど、豊かな食材の数々が、溢れんばかりに並んでいる。
白虎隊の舞い、芸妓さんの踊り、ゆるキャラ、惜しげもなく当選者を出すガラガラくじ…。それらを囲んで上がる、賑やかな歓声。
この3年半、福島県やいわき市、被災三県の応援セールは、何度となく体験した。だが会津単独のイベントに遭遇したのは、これが初めてだった。
震災直後から、会津の人たちは、風評被害に悩みながらも、「わたしたちは福島ではなくて、会津です!」などとは、一切口にしなかった。わたしはその事に、ずっと、申し訳ないような、頭が下がるような気持ちを抱いてきた。福島の苦しみを見捨てず、ともに引き受けようとする会津に、凛とした品格を感じていたのである。
そんな会津の、おいしい名産品の詰まった袋を両手にぶら下げて、三十分後、わたしはよろよろと、西口広場を後にした。
=2014年11月4日掲載=