連休明け、ある料理研究家の方にインタビューする仕事があった。先方に指定された場所が、明治神宮内の茶店だったので驚いた。今まで、著名人のインタビューといえば、いちょう並木の洒落たカフェとかが、定番だったからである。
ひょっとしたら、神社仏閣へのハードルが下がってきているのかもしれない。
無事に仕事を終えたわたしは、そうだ「井戸」に行こう!とひらめいた。ふと、友人のMちゃんの話を思い出したのだ。
その話というのはこうである…。
おととしの2月14日(バレンタイン・デイ)、多忙で初詣に出遅れていたMちゃんは、その日ようやく、新年の祈とうを受け、ついでに御苑の奥に静かにひそむ井戸に立ち寄った。その名も「清正の井戸」である。この地に屋敷のあった戦国武将、加藤清正が掘ったと伝えられるパワースポットだ。
だが、そこには先客がいた。今にも雪が落ちてきそうな寒空の下、1人の女性が、鬼気迫る表情で、綺麗にデコレートされたチョコの箱の入った密閉袋(ジップロック)を、何度も井戸に浸していたという。
「怖かった〜。あれは、重いわ〜」と、ゾ〜ッとした顔でMちゃんは話してくれたが、それほどのパワースポット、ぜひこの目で見てみたい!とわたしは考えたのだった。
御苑の入り口で入場料を払い、昼なお暗い木立の間につくられた菖蒲(しょうぶ)田を、うねうねと回り込んで、井戸に着く。小振りで素朴な木桶の中に、こんこんと湧き出る水は、どこまでも透明。
その時、岩の上に立っている看板に気がついた。「井戸の中に、ものを浸さないで下さい」とある。なるほど。この小さな井戸に、ものを浸す人は、案外、少なくないのだろう。
それにしても、ジップロックを突き抜けるほどの運気を、皆に分け与えなくてはならないとは…。
パワースポットさんも、大変ね!と、その健気(けなげ)さに、思わずシュンとしてしまった。
=2016年5月17日掲載=