昭和の終わりに解体されたトキワ荘が、豊島区のマンガミュージアムとしてよみがえった。
予約の日、「これから伝説のトキワ荘の見学に行くんだ」と、年下の友人Rちゃんに話すと「ドラえもん、好きでしたっけ?」と、けげんそうな顔をされた。
そうか。20代のRちゃんから見れば、トキワ荘イコール藤子・F・不二雄、イコールドラえもん、なのね。
あら、藤子先生だけじゃないのよ。手塚治虫も赤塚不二夫も石ノ森章太郎も、トキワ荘でマンガを描いたのよ。『リボンの騎士』とか『天才バカボン』とか、知らない?
「題名くらい知ってますよ。逆にユリさん、どうしてそんなに詳しいんですか」え、詳しくないよ。ふつうよ。常識よ……。
と、照れながら出かけて行ったトキワ荘の復元っぷりは、なかなかだった。階段を上る時に聞こえるミシミシときしむ音も、当時のままなのだという。4畳半の畳の焼けや共同炊事場の壁の油染みも、わざと劣化させるエイジング加工で往年を再現したとのこと。
へえ〜と、係の人の話を聞いている内に、いきなりわたしもタイムスリップ。
世の中に、マンガ好きな人生と、マンガ好きでない人生があるとして、わたしが前者にまぎれこんだきっかけは、いとこのIくんとMくんの存在だ。
もし、太っ腹な彼らが、毎週、サンデーやマガジンを自由に読ませてくれていなかったら……と、想像するだけで、心の中をすーっと冷たい風が吹く。
幼稚園の頃、毎週祖母の家に遊びに行っては、子供部屋の2段ベッドによじ上り、「おそ松くん」や「パーマン」のページを夢中でめくった。そこで繰り広げられている笑いや涙が、タンパク質や炭水化物にも負けない、栄養になった。
エイジング加工で再現されたトキワ荘は、マンガが持っていた熱量(カロリー)までよみがえらせる、不思議なパワーの源だった。
=2020年10月9日掲載=