新宿行き、4月の総武線は、どことなく華やいでいる。あちこちから聞こえてくる、ハキハキして、敬語も正確な、新社会人たちの声のせいかもしれない。
わたしはドアの横に立って、車窓を流れていく、お堀端の葉桜をぼーっと眺めていた。
信濃町を発車して、トンネルともいえないほど短い橋をヒョイとくぐると、すぐに千駄ヶ谷である。
とその時、橋のたもとの信号機に「無名橋」という文字が引っ付いている映像が、サブリミナル効果のように、一瞬見えた気がした。
え? 以前は信号の名前なんか、見えなかったぞ〜。
それに「無名橋」って何さ? どういう意味よ?
疑問の渦に飲み込まれそうになって、仕事が終わったら、徒歩で橋まで行ってみようと思った。
仕事の後、千駄ヶ谷で下車。建設中の新国立競技場を右手に、神宮プール跡地を左手に見ながら、誘導員が立つ歩道をクルリと回って線路の反対側へ。この界隈、五輪に向かってまっしぐらといった感じである。
その後、慶応病院沿いの歩道を200メートルほど上っていくと、くだんの信号が見つかった。そしてその上段には、さん然とそびえる「無名橋」のプレートが!
一方、軽く自転車がすれ違えるほどの幅のある橋そのものの存在感は薄く、看板はもちろん、由緒書きなども見当たらない。
入り口には鉄のポールが打たれ、車両は進入禁止。網のフェンスの目隠しの下を電車と首都高速がヒュンヒュンと走っている。
日本中の施設や建築物に、気張ったネーミングが増えてきている今だからこそ、ある意味、この橋への命名の手抜き感は、すがすがしいともいえる。
橋の気持ちを代弁するならば、へへへ、名前がないのは、気楽でいいぞ〜! なんて感じだろうか。
仕事でシャカリキになりそうになったら、これからは電車の窓から、この橋の名を見つけてみようかな。
=2018年4月13日掲載=