先日、コマーシャル動画の撮影の仕事があった。打合せの場所に、音楽担当として現れたのは、バラキさんという、40才くらいのアメリカ人男性だった。
彫りの深い顔立ちとは裏腹に、日本で育ったバラキさんは、日本語がペラペラ。名前だって漢字で書けます!といって、スラスラと台本の表紙にペンで「薔薇木」とサイン。すると、その場にいた全員から、思わず、おぉ!と声があがった。
わたしはその数日前に、たまたまネットニュースで、「手書きでは絶対書けない漢字ランキング」というアンケートを見ていた。その回答の1位が、まさに「薔薇(ばら)」という漢字だった。それだけに、なおさら、そこにいた皆がうなった理由が、分かる気がした。
最近、誰もがみな、以前は書けていたはずの漢字が、パソコンやスマホ、携帯などの日本語予測変換のせいで、書けなくなっているのだ。日常にインターネットがやってきて、おそらく、わたしたちの脳の使い方も、変わってしまったのだろう。
でも、古代ギリシャ時代にも、「文字ができたせいで、人間の記憶力が衰えた!」と嘆いた哲学者がいたという。火、文字、そしてインターネット…。人類はいつだって、脳みその使いどころをチェンジしながら、新しいテクノロジーを自分のものにしていくようである。
さて、漢字といえば、いつだったか、山手線で隣りに座った外国人から、腕を見せられて「この字、クールだろ?」と自慢されたことがある。わたしは笑いそうになるのをこらえて、うなずいた。
彼の腕に彫られていたタトゥーの漢字は、まさかの「丼(どんぶり)」! クールすぎて、意味のわからない一文字だった。
=2016年7月5日掲載=