働き方改革などという言葉のなかった80年代。
「仕事を覚えてからだろ!」と怒鳴られるのを覚悟で、社会人2年めの秋、上司に夏休みが欲しいと申し出た。
残業代をためたお金で、どこか海外に行ってみたいと思ったのである。意外にもあっさりOKが出て、はじめてのスペインとフランスへ出発。
異国の地では、「上を向いて歩こう」がよく流れた。聞き慣れたメロディーにふと耳を止めて、音の発生源の方を見ると、レストランのピアノ弾きがウインクしていたり、電車に乗り合わせた人が微笑んで歌いかけていたり。
きっと、日本人のわたしを見かけてあの曲が頭に浮かび、小さなオモテナシをしてくれたのだろう。
さて、先月、所用で出掛けたパリは、それから35年ぶりのパリだった。
そして今回よく耳にしたのは、「ドラゴンボール」という言葉である。
オルセー美術館の入場口では、190㎝を優に超える黒人の係員が、「子どもの頃、日本のアニメに夢中でさ。鳥山明(ドラゴンボールの作者)が大好きでね」と、英語で話しかけてきた。
タクシーのドライバーは、「昨年、サッカーの試合で、パリ・サンジェルマンのスタンドに、ものすごく大きな悟空の絵を掲げたんだ。そしたら、世界中から驚かれちゃって」と、恥ずかしそうに笑った。
クールジャパンとか悦に入るのは、かっこ悪いし、ダサいと思う。
だが、日本のアニメにハマって育った異国の少年たちが大人になって、自分の場所を生きながら、今もずっと好きでいてくれる。その事実には胸が震える。
そうそう。パリのバス停にも悟空がいた。マクドナルドの広告だったが、原色の少ない街で、パッと目を引くオレンジ色の道着姿で、変なポーズで立っていた。
=2019年3月22日掲載=