1年ほど前から、やけに耳に付く言葉がある。それは、「ほぼほぼ」。お猿のキャラの名前ではない。
昨日も、仕事先の担当者が「商品パッケージは、ほぼほぼ完成してます」と、進捗報告の「ほぼほぼ」。
キオスクでドリンクを買おうとしていると「皆さんほぼほぼこちらですよ!」と推薦の「ほぼほぼ」。
夜、駆けこんだジムの受付からは「今月は、ほぼほぼお休みでしたね」と挨拶代わりの「ほぼほぼ」。
人々は軒並み「ほぼほぼ」勢力の傘下に降(くだ)ってしまった様子である。
ではなぜ、「ほぼ」を使わず「ほぼほぼ」なのか?
例えば「ブラジルは地球のほぼ裏側です」の場合。「ほぼ」の後に一瞬、リズム合せの間(ま)が入る。これを利用して聞き手は「ほぼ」の程度を想像する。
一方、「ほぼほぼ」は、唇のリズミカルな動きが相手の想像を遮断し、あれよあれよと話が進む。その使い勝手のよさがビジネス用語として人気なのだろうが、ちょっと待て!だまされてはならぬと心の声がする。
もともと日本語は、オノマトペと呼ばれる擬態語や擬音語の多い言語だ。「ブンスカ」怒るとか、雨が「ザーザー」降るとか。文学の世界でも、例えば中原中也の詩には「ゆあーん ゆよーん」といった表現が。広告コピーにも、「シュワッ」や「スベスベ」や「ルンルン」があふれている。
だが「ほぼほぼ」はオノマトペではない。副詞の「ほぼ」を二つ重ねただけの、いわば言葉の倍増セール。
お得な物には裏があるというのは考えすぎか。だがこの先、言葉を盛った「ほぼほぼ」に、わたしたちが丸めこまれて行くのは必定(ひつじょう)。
さあ、ほぼほぼ全力で「ほぼほぼ詐欺」に備えましょうぞ。
=2014年7月1日掲載=