連日、高温多湿が続く日本列島。これだけ過酷だと、「南極に行きた〜い!」などと、叫んでしまう方もいるのではなかろうか。
さて先週のこと、出張先の名古屋で、ポカーンと時間が空いてしまった。昼食で入った店の人に、暇をつぶせる場所を聞くと「港に大きな水族館があるがね」という。港と水族館? 何気に涼しげな組み合わせに期待して、地下鉄に乗る。
名古屋港駅を出ると、予想に反し、ジト〜っとした空気。しかめ面で歩いていると、行く手にオレンジ色の船体が現れた。何とその姿は、わたしたちの南極観測船「ふじ」ではないか!
思わず「わたしたちの」などと書いてしまったが、昭和40年代の小学生にとって、荒れ狂う暴風圏を乗り越え、厚い氷を砕き、昭和基地へ向かう「ふじ」は、紛れもないヒーローだった。
入ってみると、船内は当時のまま。手術室では、リアルな蝋(ろう)人形のお医者さんが、隊員の人形の盲腸の手術を行っている。展示によると、「ふじ」が退役する前年の1982年には、第23次隊が、地球のオゾンホールを発見したそうだ。
当初、日本を含めた12カ国でスタートした「南極条約」に署名した国が、今では53ですと書かれたパネルもあった。
そうそう!あの頃の子どもたちは、ー南極は、どこの国のものにもならないーという「南極条約」に心を躍らせていたんだっけ。
「月」の土地さえ分割され、権利書がインターネットで売られている今の時代から見ても、「国境のないユートピア」という南極の理想はカッコイイよな。
……そんなことを考えながら、過去と現在を旅している間に、もしかして、わたしのカラダは、氷の大地に接岸している錯覚でも起こしたのだろうか?
下船直後、埠頭の湿気が忌々しくて、赤道直下でもあるまいし!と悪態をついたのは、ぜんぶ、南極のせいである。
=2017年8月9日掲載=