大手町から快速で30分。典型的なベッドタウンであるわたしの住む街は、ただいま、金木犀(きんもくせい)の香りでむせ返っている。
数日前の夕方も、駅から自転車を飛ばしていると、母親と手をつないだ幼稚園児が「くさ〜い!」と連呼していた。辺りは金木犀の香りに満ちていた。あの子にとってはまだ、「匂いのするもの」がすべて「くさい!」なのかもしれない。
おっちょこちょいなわたしは最近まで、金木犀を「金木星」と思い込んでいた。金星と木星を掛け合わせた宇宙ロマンチックな名前が、甘い香りに合うと悦にいっていたのだが……。
振り返れば、金木犀には、試練の時代もあった。しょうのうを丸めたボール型の臭い消ししか存在しなかった昭和50年代の初め。「爽やか、サワデー♪」のCMソングとともに、金木犀の香りを放つトイレ用消臭剤が登場。新製品に目ざとい母のお買い物によって、わが家のトイレも甘い香りに包まれた。
あの頃、どこの家に遊びに行っても、トイレと金木犀の香りは一心同体だった記憶がある。それから20年余り、金木犀の香りは、日本のトイレの居心地向上に大いに貢献してくれた。
その後は、香りも多様化し、ハーブや森林、石けんや炭の香りをはじめ、「無香」を売りにした芳香剤までが出現。金木犀だけがトイレに尽くす時代は、過ぎ去ったのである。
おかげさまで、というかなんというか。今では街に漂うあの香りがトイレを連想させることはなく、晴れて季節の羅針盤としての役割を果たしてくれている。
ところで、金木犀に「犀(さい)」の漢字を使うのは、樹皮が動物のサイの皮膚に似ているからだそうだ。へえ、昔はサイって、そこらじゅうにいたのか?いや、流石にそんなことはないだろう。謎である。
ちょっとした不可解を残しながら、香ばしい季節が過ぎていく。
=2023年10月27日掲載=