3年前の夏、好きなロックバンドのライブに大阪まで出かけた。帰りは爆睡しようと思っていたのに、最終の新幹線は超満員。立ちっぱなしを覚悟して荷物を網棚に乗せていると、1人の外国人女性がこちらに手を振っている。夫婦と娘3人が3列シートをひっくり返してつくった6人掛けボックスの1人分があいているから、ここにおいでと誘ってくれていたのである。
お言葉に甘えて腰掛けさせてもらうと、40代らしき母親の英語トークが炸裂。タブレットで竹林の道やわらび餅の写真を見せながら「ここ知ってる?」「行ったことある?」などと聞いてくる。わたしのほうも、スマホでバンドの動画を見せて応戦したが、寝るどころの話ではなくなった。
一家はフィリピン出身で、夫婦は中東にあるカタールの日本企業に勤めているといった。長い髪をきれいに束ねた娘たちは10代で、休みなくぷっちょやグミをついばんでいる。
英語の会話ってだけでもリミッターが外れそうなのに、夫婦が振って来る話題が、カタールの教育問題など予期しないことばかり。あれほど緊張と興奮の混ざった2時間半を過したことはなかった。
さて、話は変わって、2022年のFIFAワールドカップはカタール大会である。先週、埼玉で行われたアジア最終予選で、日本はグループBで首位に立つオーストラリアからギリギリの勝利をもぎとった。
自宅のテレビの前で、心をよぎったのはあの時の一家のこと。現地で開催されるワールドカップに日本が出られないのでは、夫婦が勤める日本企業の士気も、さぞかし下がってしまうだろう。それはよくない。
応援には思いのほか力が入った。1時間半の試合とシンクロして、あの日の2時間半が早送りで流れたような気がして、わたしはクタクタに疲れていた。
=2021年10月22日掲載=