例年、あれこれ盛りあがるのに、今年のエープリルフールは、影が薄かった。新元号の発表と重なったからだ。皆の興味はやっぱり、ウソよりマコトである。
その日わたしは東横線で、渋谷から横浜に向かっていた。車内はほどよく満席。発表の11時半が近づいたので、スマホでライブニュースのアプリを開いた。
見ると、正面に座っている年配の女性も、耳にイヤホンを押し込んで、スマホをにらんでいる。すぐ横の青年も、短いウドンのような新型イヤホンを耳に入れて、生配信を見つめている気配である。
さて、ぶじに発表を見届けてから、皆さんの反応は? と車内を見回すと、前に座っている女性が、どこかに電話をかけていた。
「れいわ! れいわになったわ!」と、年令に似合わずよく通る声。皆がチラリと視線を向ける。「違う、違う。でいわじゃなくって、れ! い! わ!」と、だんだん声が高くなる。「れだってば。冷麺のれ! 井戸のい! ワンタンのわ!」とそこで、車内全体にドワッと、溜めていたような笑い声が弾けた。まるでヘタなコントだが、これホントの話である。
女性は次の駅で途中下車したが、わたしは彼女の背中に「グッド・ジョブ!」とあいさつしたいような気分だった。
なぜなら、最近の日本人は、こぞって重篤な「失語症」を患っているから。
ホームでぶつかっても「すみません」などとはいわない。駅のトイレに長い行列ができていても「和式なら、あいてますよー」と声がけする人など、ほぼいない。
だから、普段なら迷惑でしかない車内での通話に、この日、皆が笑い声を立てたことがうれしかったのだ。
大勢の人たちと笑いながら新元号を共有できたことは、春の珍事。こいつはなんだか、幸先がいい。
それにしても「ワンタンのわ!」には、膝の力が抜けました。
=2019年4月12日掲載=