毎年秋になると、サーキットで浴びた強い日差しを思い出す。1987年から2006年まで19年連続で、F1日本グランプリが、三重県・鈴鹿で開催された。
1991年のグランプリは特に印象深かった。引退を表明した日本人ドライバー中嶋悟の、母国日本でのラストレースだった。
1日目予選セッションから、中嶋のマシンの周回に合わせて、海外の中継でよく見る情熱的なウエーブが観戦席を旋回した。鈴鹿でウエーブが起きるなんて初めてのこと。15万人収容の観戦席は、カラフルな旗や横断幕であふれていた。
驚いたことに、すべての横断幕に手書きで描かれていたのは、「夢をありがとう」というメッセージだった。
他の言葉がないか、目を皿のようにして探してみた。だがウソのようだが、わたしにはこれ以外の言葉は見渡す限り一枚も見つけることはできなかった。どこかから通達でもあったの?と勘繰りたくもなる、一糸乱れぬ「この指とまれ!」的な風景……。
まるで「夢をありがとうキャンペーン」である。32年前のことだ。
一方、最近のスポーツ中継に映る観客の応援ボードの跳ね具合は、当時とは雲泥の差である。皆が趣向を凝らして、オリジナリティーを猛烈アピール。隣と同じ言葉を書くお人好しなんて、どこにもいない。
競技は違うが、カタール・ワールドカップの日本応援席でスタジアムに掲げられていた「ボス、2週間の休暇をありがとう(原文は英語)」という上司へのお礼や、MLBの試合に映った「仕事より大谷」や「妻より大谷」などは、かなり目立っていた。このように、言葉がカメラにどう映るかを計算して「ウケを狙う」比重が年々高まっている。そう。何事も「映(ば)え」の時代なのである。
ただひたすら、中嶋悟に届け!とばかりに、皆が同じ感謝のメッセージをマジックで大書きして掲げたあの頃の応援席。
わたしたちは、悲しいほどピュアだった。
=2023年11月10日掲載=