緊急事態宣言で在宅になってから、TVニュースのライブカメラがとらえる「現在の◯◯の様子」を、毎日気にして眺めていた。
そんな2月の初め、渋谷スクランブル交差点のライブカメラが映し出す群衆の背後に、毎回「墾田永年私財法」という赤い文字が、なぜか大きく映りこんでくるようになった。
それからはスクランブルが映るたび、後方の文字ばかりが気になって仕方がない。何かの看板なのだろうか。不動産会社が投資を勧めているのか。はたまた金融機関が貯蓄に誘っているのか。あまりにも謎だった。
「墾田永年私財法」とはたしか奈良時代、聖武天皇が自分で開墾した土地の私有を認めた法律だ。学生時代の日本史の試験によく「三世一身法」とセットで出題されていたっけ。
もどかしくなったわたしは、久々に都心で打合せがあった日の帰り、ハチ公前広場に立ち寄ることに。
あった! これこれ。実物の看板は予想以上に大きく、メトロの入口の屋根をおおい隠すほどだった。見ると左上に小さな文字で「受験生に聞きました。受験勉強で覚えた『語感の気持ちいい言葉』とは? 」とある。右下にはR-1ヨーグルトの写真が入っていた。ひねりすぎた広告だ。
長年「コピーなんかいらないから、商品の写真をどーんと大きくしてよ」と乱暴なことを言うクライアントに閉口してきた。だが今回ばかりは、自分がその言葉を口にしたいと思った。朝な夕なに看板が気になって悩んだ人が、わたしの他にも日本中に多勢いたことだろう。
受験生を応援するラジオ番組とのコラボ企画だったらしいと、後で知った。
それから10日が過ぎた数日前、ニュースの映像から看板が消えた。契約の期限が来て、撤去されたのかもしれない。「墾田永年私財法」はまるで、2021年の渋谷の雑踏の背後に浮かんだ、真冬の蜃気楼のようだった。
=2021年2月26日掲載=