生まれ変わったら何になりたい? コロナ禍の前はビール片手に仲間とよくそんな話をした。
「もちろん、創業社長。そんで、会社手放して、その金で宇宙旅行!」と、何だか利いた風なことをいうオジサンもいれば、
「オスのクジャクになって、思いっきり羽根を広げてみたい」などという不思議ちゃん女子もいた。
それぞれの与太ばなしが許されるこの手の話題は、おそらく「おつかれさん」の合図だったのだと思う。
そういう自分は、「ウクライナの農村の少女になりたい」と、いつも笑って話していた。
ついでに、おどけた口調でつづけたものだ。
「夏には、シャーッ、シャーッと大きな鎌をふるって、麦刈りをするでしょ?」
「そんでもって、冬になったら、ウクライナ民族舞踊団のメンバーになって、世界中を回るんだ」
本当はウクライナのことなんて、何も知らなかった。知っていたのは、白い布に赤い糸で刺繍された、あの可憐な民族衣装(ソロチカ)。そして、地平線までつづく広大な麦畑。あとは、本やテレビの印象からつなぎ合わせたステレオタイプのイメージだけだった。
ロシアの侵攻以来、普段使いのスマホやタブレットに、泣きながら避難するウクライナの子どもやお年寄りの映像が飛び込んでくる。そのたびに、胸がつぶれそうになる。
あまりにも悲惨で、ただただ、停戦を待ちわびたい。同時に、入り乱れる情報に流されることが少し怖い。
「生まれ変わったらウクライナ民族舞踊団!」とちょっとふざけて話していたあの頃の平和な無知を、今、深々とかみしめている。
=2022年4月8日掲載=