3年ほど前からお付き合いのある得意先が、目黒の駅前にある。優しいクライアントで、打合せは楽しい。だがわたしは、できれば行きたくない。その理由は、「ビル風」である。
ニョキニョキとタワーマンションが林立したせいなのか。今や、東京を代表する風の谷は、新宿西口の高層ビル街から、目黒駅前に移ってしまった。
この街に出向く日は、スカートなんて厳禁。傘をさすとか絶対にムリ。先日は赤ちゃんの乗ったベビーカーが飛ばされていた。(無事着地して、ひと安心。)
だが、そんなキケンなお得意先にルンルン出向く日が、年に1度だけある。ご存知だろう。桜の名所として知られる目黒川が、目と鼻の先にあるのだ。
仕事が終わった後、川まで足を伸ばせば、そこから中目黒駅まで約2kmの遊歩道をテクテクと、お花見しながら帰ることができるというわけ。
さて、今週の月曜日、仕事が終わって川に向かう。5分ほど歩いて目黒川に到着すると、そこは谷の底なのか、風はピタリと止んでいた。
今年の桜祭りは中止なので、ぼんぼりもなく、花はまだ3分咲き。すれ違う人は、ほとんど全員マスク姿で、近からず、遠からず、まずまずの距離感を保っている。
有名な宝来橋まで来ると、桜はほぼ満開になったが、人はまばらで、写真を撮る順番待ちもない。
不謹慎かもしれないが、ああ、いいなぁ〜とついついわたしは思ってしまった。おしくらまんじゅうのないお花見を、幸いだと感じた。
中目黒駅の先の赤い橋には、人が集まっていそうな予感がしたので、そぞろ歩きは、ここで終了。例年、いなごの大群のように花見客が降車して来る中目黒駅にも、入場制限はかかっていなかった。
世界中を吹き荒れる新型コロナウィルスの暴風の中、人と人との距離が遠のいた分だけ、桜と人との距離が近づいたような気がした。
=2020年3月27日掲載=