先日、東京・日本橋にできた新しいカフェで、ノートパソコンを使って仕事をしていた。コンクリート打ちっぱなしの店内は、お客もまばらで静かである。
実はそのカフェは「日本初の完全キャッシュレス・レストラン」として注目を集めていた。支払いはキャッシュカードと電子マネーのみ。現金信仰の強い日本にとうとう誕生した、新世代の飲食店だった。
仕事がノってきた頃、視界の端に黒い革靴がピタッと止まった。「これから店内を撮影します。お客さまの横顔がテレビに映ってしまいますが、よろしいでしょうか?」
へ?と見上げると、見おろしているのは、何度かテレビのニュースで見た若手キャスターの顔だ。
わたしはオロオロと隅の席へ移動。と、すぐに店の入口で、店長らしき男性にインタビューするシーンの撮影が始まった。
「このようなキャッシュレスのレストランを始めた理由は?」
さて、何と答えるんだろう?と耳を傾けたが、店長の声はモゴモゴして、全く聞こえない。聞こえるのは、先程のキャスター氏のハリのある声だけである。
「現在、キャッシュカードを使う人は2割。2割の人にしか使えないお店を経営する不安は?」「モゴモゴ…」
「従業員は働きやすくなりますか?」「モゴモゴモゴ」
「すべての系列店をキャッシュレスにするのですか?」「モゴ…」と、滑舌よく繰り出される質問だけが、響き渡る店内…。
そうね、外国人客にはきっと便利ね。従業員は売上金の集計から解放されるわね。お財布って案外かさ張るのよ…。などと、聞こえない「モゴモゴ」を、心の中で言葉に変換するわたし。
そういえば、ここ日本橋には昔、小判を鋳造する金座があったんだっけ。
「いつもニコニコ現金払い!」は、わたしたちの脳裏に沁み込んだ標語だったけれど。
同じ日本橋から、お金の歴史は「ニコニコ」から「モゴモゴ」へ、大きな転換点を迎えたらしい。
=2017年12月8日掲載=