知人から聞いた話だ。
小さな居酒屋の入口に筆文字の貼り紙が出ていた。
「本日休業。今日は奥さんと遊びに行く約束だったので、お休みします。ごめんなさい」
知人がこれを見たのは、祝日が平日に変更になった日のことだ。そう。TOKYO2020の開会式の少し前。おだやかな筆跡から店主のやさしい人柄が伝わってきたという。
おそらく、その朝、祝日でなくなったことに気づいた店主夫妻。ちょっと迷いながらも、仕事より、前から立てていた夫婦の約束のほうを優先したのだろう。
かくのごとく、この夏、思わぬ日が祝日になった。そして、思わぬ日が平日になった。
開会式や閉会式を休みにするために、国をあげて「海の日」を平日の7月22日に、「スポーツの日」を平日の7月23日に、「山の日」を日曜日の8月8日に移動したからである。
これって、日常生活にかなり混乱を巻き起こしかねない変更だと思うのだが、唯一わたしが耳にしたのが、先ほどの貼り紙の話だった。
今回の祝日の移動が決定したのは、結構遅い時期だったと記憶している。たしかカレンダーの刷り直しが間に合わないタイミングだった。だから、変更前のカレンダーを使っている人も多かっただろう。それなのに、物流が滞って何トンものアイスクリームが溶けちゃったとか、銀行のドアが開かずに、長蛇の列ができたとか、そんな困ったニュースは一切流れてこなかった。これって、無観客オリンピックをやりとげたことにも負けない快挙なのでは? ほめ過ぎか。
ひょっとしたら、今回の混乱のなさは、みんなが指折り数えて待ち焦がれていた、あのキラキラ輝いていた昭和の祝日ほどの存在感を、今の祝日が持っていないせいかもしれない。
よくも悪くも、祝日の価値の下落を、最近、肌身に染みて感じるのである。
=2021年8月27日掲載=