わたしは最近まで新型コロナを話題にして、誰かと笑い合えたためしがなかった。
「昨日も増えましたねえ……」
「なかなか減りませんねえ……」
たいていの会話はこれにておしまい。ため息をつくのみ。
それに比べたら花粉症なんかは、人と人とのコミュニケーションに非常に役だっていたなぁと思う。
わたしのような、花粉アレルギーの当事者同士なら、
「きょうは、めちゃくちゃ飛んでますね」
「ほんと。クルマのボディが花粉で真っ黄色です!」
「どおりでくしゃみが止まらないはずですね」
こんな感じでひとしきり、話の花を咲かせることができていた。
仮に一方が花粉症でない場合でも、
「いつ樽(たる)がいっぱいになるかと思うと心配で……」
「今年あたり来るんじゃないんですか」
「ややっ、不吉な予言はやめてくださいよ!」
こんな会話がするすると、人との距離を詰めていった。
ある時、仕事関係者らしい男性同士が電車の中でこんな会話をしているのを耳にしたこともある。
「去年の夏が暑かったから、今年は花粉が昨年の30倍くらい飛ぶらしいです」
「30倍っていうと、超辛口のカレー並みですな」
おそらくこの2人は花粉アレルーギーではない。彼らにとって、花粉もカレー粉も同じなのだ。なのに、会話は十分に弾んでいた。
ところが最近、新型コロナを話題にして皆の話が盛り上がるようになってきた。
Kさんは、ワクチン注射の翌日、二の腕がこぶとりじいさんのように腫れたそうである。それを聞いていた皆が口を揃えて「Kさん、若いから!」と笑った。
ほんとかどうかはわからない。
でも、若い人の方がワクチンの副反応が強いらしいという噂話(都市伝説?)にのっかって、みんながようやく、笑いを取り戻し始めたのである。
=2021年9月10日掲載=