最近、仕事の行き帰りに日比谷と銀座の間をよく歩く。帝国ホテルと東京宝塚劇場に挟まれた石畳の道は、いつも旅行や観劇客で賑わっている。この道に面して、お洒落な劇場「シアタークリエ」も立地している。
先週、劇場の通用口に大きなトラックが横付けされるのを見た。ガルウィングのような横壁が車上にパカッと開いた。すると、駆け上ったスタッフが、鉄のバルコニーや洋風のドアやベンチなどを降ろし始めた。
「ははあ、次の公演の舞台を設営中なのね。演目は何?」と気になって正面入り口に回ると、ニール・サイモンの傑作コメディ「おかしな二人」のポスターが飾られていた。W主演は、往年の宝塚トップスター大地真央と、娘役トップだった花總まりである。学年の全く違う二人の共演が感慨深く、わたしはポーッとポスターを眺めてしまった。
ところが、しみじみしていたのはわたしだけ。宝塚劇場前のナウなヅカファンは今現在の推し活に夢中で、ポスターには興味なさそう。さて、ここまでが行きの話。
夕方、同じ道をてくてく帰っていくと、さっきのポスターの前で、Tシャツとカーゴパンツを身につけた細身の若男子が5〜6人、ワイのワイのと話している。
何事?わたしは彼らの背後に近寄り、耳をダンボにした。「これ俺」とか「こっち僕の」などという声。さらに聴いていると「お前が忘れたやつ!」と、一人がポスターの赤い電話機を差し、一人が妙な声でうなって、皆が笑う。どうやら、じぶんが運んだ舞台セットの話をしてるみたい。
そうか。ちょうど、舞台の設営を終えたところに出くわしたのね。大事な小道具を忘れかけた人もいたようだが、楽しげな口調に彼らの矢も盾もたまらぬ仕事愛を感じて、ちょっとうらやましくなった。
ふと、立ち聞きしているじぶんがアブナイ人であることに気づいて、わたしはのろのろとその場を離れた。まっすぐな若さに、後ろ髪を引かれながら。
=2023年4月14日掲載=