夏の午後だった。これから始まる会議で、取り組んでいる広告キャンペーンのコピーが決まる。賭場(とば)に向かうギャンブラーのような鼻息で、わたしは表参道を歩いていた。
その時、すれちがった女性がこちらを凝視するやいなや「あ!」と、大きな声をあげた。「ん?」と見ると、プイッと目をそらすので、まわりこんで「どうしました?」と、聞いた。
「あなたの顔に珍しいカイカソウが出てたので、つい」と、その人。
「カイカって、文明開化?」と、わたし。「いいえ、花よ。開花相!」と、その人。
「イミはなぁに?」と、尋ねると「いまはまだ勉強中なので、イミはいえません」と、その人は眉をひそめた。
「じゃ、卒業したら連絡して」と、名刺を押しつけ、わたしは走りはじめた。
まずい。大切な日に、遅刻確定である。信号待ちで振り返ると、遠ざかるその人の後ろ姿が見えた。
開花というくらいだから、きっといい卦(け)なのだろうと、そのまま、忙しさにまぎれて過ごしていた。ある日、仕事の合間にふと、その不思議な言葉を思い出して、ネットで検索をかけてみた。
すると、同じ手口で声をかけられ、何万円もする占いをすすめられた話がちらほら。新手の勧誘ではないか。
なぁんだ〜と、残念に思うじぶんがいた。
人はみな、ふいに訪れる明日への希望を、そっと心にとめて、生きている。
=2012年12月6日掲載=