子供の頃、今日は「駅そば」を食べて来たと父がよく話していた。その口調に優越感があって、「駅そば」は憧れの食べ物になった。
上京後「立ち食い」に抵抗を感じなかったのは、そのせいだろう。「このお姉ちゃんに、海老天サービス!」と見知らぬおじさんに、おごられたこともある。
独立する前、忙しかった会社員時代は、よく銀座の「小諸そば」に乗り込んだ。頼むのは鳥から揚げ大盛りうどん。よく一人で入れますね~恥ずかしくないですか?と後輩の女性にあきれ顔をされたが、怒濤のように流れる時間をやり込めて、一杯のうどんと対峙する、ピュアな感覚が好きだった。
そんな感じで長年、まっ黒なツユがたっぷり掛かった関東風のうどんを、黙々と喰らって来たのである。
ところが、5年程前、出張帰りの大阪空港で、ダシの効いた薄味のうどんに出会った。
これが本場の風味か?それ以来、あの味が忘れられず、恵比寿駅の「讃岐うどん」の前を、素通りする事ができないでいる。
立ち食いだけが持つスピード感が、味の違いをことさら際立たせたのだ。
そう言えば、2年程前から、銀座通りや青山通りで三ツ星フレンチやイタリアンのシェフの顔写真を掲げた宣伝カーを、よく見掛ける。
「俺のフレンチ」に代表される、そのレストラングループは、どこも安価な立ち食い方式。連日満席で、長い行列ができている。
一流の料理と、立ち食い。価値観の違う物同士の合体が、多くの人に受けている。スピードもまた、隠し味になっているのだろう。
ところで、先日、東海道新幹線のホームに、珍しい「トンカツそば」があると教えられた。次の出張時には、ぜひ、それを平らげてから、発車ベルの鳴る新幹線に飛び乗りたい。
=2015年1月6日掲載=