おとぎ話では「わらしべ長者」が好きだ。
ひとりの貧乏な男が、最初に持っていた1本のワラから物々交換を繰り返して、最後はお大尽になる。
戦後日本的な「成り上がり経済成長」みたいな醍醐味もあって、いじましくも微笑ましい物語だと思う。
さて、1年延期になっている東京オリンピック・パラリンピックで、わたしは「わらしべ長者」になる心づもりだった。目論んでいたのは、スタジアムの外で行われる非公式競技「ピントレード」への参加である。
スポーツの世界大会に、ピンバッジ・トレードという領域があることを知ったのは、ソウル五輪。適当な花の形のピンを帽子につけて会場を歩いていると「ピンを見せて」と、いろんな国の言葉で話しかけられた。公式のピンではないので交換は不成立だったが、興味を引かれて、ショップで1個だけ、虎の絵柄の公式ピンバッジを購入した。確か1万ウォン(約1700円)だった記憶がある。
この時のピンが「わらしべ」になったのは、10年後の長野五輪のこと。雪の積もった大通りにテーブルを広げて盛り上がる世界各国のコレクターのトレードの輪に飛び込んでいって、カナダのコレクターの秘蔵の品、バルセロナ五輪のピンバッジと交換した。
さあ、この可愛らしいバッジが、次はどんなお宝に化けるのか。ここからが「今わらしべ」の本領発揮だったのだが。
もちろん、わかっている。世界が新型コロナウィルス感染症の第二波におびえる今、交換ごっこの心配どころではなかろうということも。
でも、だからこそ、思いが募ってしまう。貨幣や価格という一元的な物差しからわたしたちを解放してくれる、素朴な物々交換。
そんな現代のおとぎ話に、参加できる日は来るのだろうか、と。
=2020年8月14日掲載=