先々週、「10秒の壁」がついに破られた。桐生祥秀選手が、夢の9秒98をマークしたのである。
ニュースでは、欽ちゃん走りで大喜びする桐生の姿とともに、ヒエ〜!と、どよめくスタジアムの様子が印象的に映し出された。
それを見たわたしは、あれ! 自分もこれと同じ、歴史的瞬間に立ち会ったことなかったっけ?
そうだ。あれは、ソウル五輪の前年(1987年)の秋、国立競技場で開かれた「東京国際ナイター陸上」だ。全盛期のベン・ジョンソン選手の出場もあって、前評判の高い大会だった。
レースは、ベン・ジョンソンの圧勝。だが、2着の不破弘樹選手が10秒33をマーク! 満員の観客は今回と同じ、19年ぶりの日本新記録を目撃した。
実はその夜、北側スタンド中段に陣取っていたわたしは、ひとつの計画を胸に秘めていた。もしも記録が出たら、アメリカ映画ではよく見るが、今まで日本で見たことのない「ウエーブ」ってやつを起こしてやろうと目論んでいたのだ。
レース後、わたしは前後の観客に声を掛け、両手を大きく上げて立ち上がった。
おそらく、その動作を4、5回は繰り返したと思う。
最初は反応も悪く、ブロック間の通路で消滅していた波が、何度目かのタイミングで、右隣りのブロックにぴょんと飛び移った。
すると、そのまま、ドミノ倒しのような人の波が、生き物のようにぐるぐるとスタンドを周り始めた。
30年前の秋、それまで拍手中心だった日本の応援文化の分厚い壁を、最初にこじ開けたのは、このわたしである!
もっとも、必要だったのは、桐生選手のような努力でも才能でもなく、調子のよさと度胸だけ。一体何を自慢してるのよ?とは思いますが。
世の中には、天才が破る壁もあり、お調子者が破る壁もある。壁は破られるために存在している。
=2017年9月22日掲載=